戸田市ボランティア・市民活動支援センターホームページ

ホーム > 特集 > 特集No.77 『私がボランティアを始めた、きっかけ』

〜 私がボランティアを始めたキッカケ〜

 約22年前、バザー等で集まった300万円を、スリランカに幼稚園(プレスクール)を5棟つくる資金に・・と、スリランカのアリヤラトネ博士(スリランカの社会活動家・仏教徒)に贈り、最初のプレスクールが出来ました。それをきっかけに、「日本の皆さん、完成したので見に来てください!」との、お話があり、「見に行く人〜!」の呼びかけに、「ハイ!」と、手を上げて7人で行ったのが始まり・・・

 最初、スリランカに行った時の体験があまりにも強烈(食糧や水の状況が)であったため、次に行くときは「井戸を掘りに行こう!」と発言してしまいました。
 井戸があれば、過酷な水運びが軽減され、何か食物の栽培が出来るのでは・・と思ったからでした。

 1995年5月、2回目のスリランカ訪問は「井戸掘り」にはなりませんでしたが、その後、井戸掘りの賛同者が増え、「プレスクール」の設立や「井戸掘り」の実現ができて、今日まで20年の歳月が流れました。

 その間、タミル地区(ネパール)での紛争やインド沖地震による津波の被害などがスリランカを襲いましたが、私たち「OWOP」の熱い思いは変わらず、8月には学生を中心に3週間に及ぶボランティア旅行が実施されるようになりました。 ※ OWOP=One World One People

「スリランカに井戸を・・・」の思いを発言した私は、今も井戸掘りに行く夢を捨てきれず、若いリーダーに「90歳のおばあさんになっても連れて行ってくれますか?」の頼みに彼は、「OK!」と言ってくれています。(^_^)

 第一回スリランカ訪問の後、「さいたまいのちの電話1周年」の記事を読み、次はこれだ!と決め、相談員募集に応募しようとしましたが、研修に入る年令は60才としておりますとのことでした。
 「“これからは高齢化社会”になるのですから・・・」とねばりましたが、「東京では58歳となっていますので・・・」とのことで、残念ながら諦めざるを得ませんでした。

 当時、「さいたまいのちの電話」は蕨駅近くにあり、バザー・講演会などに誘って下さったので、いつの間にか相談員並みの出入りをするようになり、20年を過ぎてしまいました。

 その後「いきがい大学5期生」を経て、戸田市社会福祉協議会主催の講座、ボランティアセミナリー4期生となり、4期生仲間と『介護老人保健施設(ろうけん)』で、今もローティションでボランティアを続けております。

 その間、新聞で知った押花の世界に飛び込んでインストラクターとなり、押花のボランティアをするようになりました。仲間と市内数ヶ所で押花ボランテイアを続けております。自転車で動きまわることが元気でいられる源となっています。

≪押花作品:『スリランカ象の孤児院』≫
 ☆使用素材
  ・グレー ⇒ 銀ポプラ
  ・赤い象 ⇒ 紅葉
  ・屋  根 ⇒ 杉の木の皮

≪現在の活動(押し花)≫
  ・かめや(月1回:第3木曜日)
  ・老健、社協(毎週、月)
  ・全国集会(年2回⇒代々木(4月)、日比谷(10月))
  ・戸田市内ディケアセンター、児童館(プリムローズ)





-------------------------------------------------------------------------------
【文責:藤井 やゑ子】
-------------------------------------------------------------------------------
編集/掲載:TOMATOホームページ事務局(2015/06/25) 

≪編集後記≫
 戸田市内、様々なところで押花を中心とするボランティア活動をされている藤井さん、ご年齢は八十?才、市内の移動はほとんど自転車。大宮はもちろん、70代の頃は日本橋まで行かれたとか、ご年齢からして、つい、危なくないですか?と、声をかけてしまいましたが、「これが私の元気の源、危ない目にもあったが、自転車の無い人生なんて考えられないわ!」と一蹴されてしまいました(^^)
 これからも益々お元気でご活躍ください。S.Y

 
情報掲載日:2015/07/22
前の画面へ戻る