屋島地区コミュニティ協議会
                         

屋島センター講座 「歴史研究講座」

  「阿波から讃岐へ義経入国を辿る」

 平成23年度「歴史研究講座」は「平家物語」「源平盛衰記」の写本の読み下し文を屋島地区にちなんだ部分を中心に5月から2月まで10回学習しました。
2月の最終月は学んだ場所を訪れ800年前の往時に思いを馳せました。
講師は「屋島風土記」編纂委員の千葉幸伸先生 現地学習の講師・案内もお願いし21名の参加者で天気を心配しましたが晴天のなか実施することができました。
    
       平成24年2月4日(土)

1185年義経主従が2月17日嵐の中を現在の大阪市浪速区から船出し徳島県小松島市へ上陸した旗山を最初に見学。神社に馬上の義経の銅像と道路からもよくわかる源氏のシンボル白旗が風にはためいていました。

途中道案内をした近藤六親の居城「新居見城跡」遠くから城があった山を望む。
熱心に石碑に見入る受講者。
徳島市内にある義経軍が破った田口重能居城 「熊山城跡」この山上にあったと思われる。地域では有名な史跡なのでしょうか?
城の南側にあるからか?城南病院と命名されています。
あずり峠を越えた義経軍が血祭りの攻撃をし大きな戦果を挙げた「桜間城跡」 大きな石碑と池があったと思われる場所で撮影した集合写真。
徳島県板野町から現在さぬき市引田町にぬける険しく細い道を深夜超えたであろうと思われる大阪峠。
マイクロバスの車窓からシャッターを押しました。このところの降雪の影響もなくスムーズに山越えができました。
讃岐側の海が見えてきました。往時を想像 義経さん!頑張れ!2月18日朝 讃岐に入りましたよ!
至近距離から失礼? 説明中の
千葉先生をパチリ!
引田町から大阪峠の入り口
荒れた海を人馬共船で渡海し、深山峠越えをしてきた義経主従 おそらく人も馬も疲労困憊であったと想像されます。ようやくここ引田の東海寺海蔵院で休憩できました。
静かに手を合わせ受講生の方の思いもひょっとして?歴史のかなたへ飛んでいるかもしれません?
2月18日夜 津田 長尾 志度 牟礼 三木町 立石連山のいずれか3ルートあると言われる道を超えたであろうと思われる。 屋島カントリークラブがある高い場所に行ってみました。
 
JR屋島駅近く鞍掛松 2月19日 午前7時ごろ? 義経体制を整えた場所?
瓜生が丘 屋島攻撃の前夜 義経軍が80人前後? 2月19日〜21日 布陣したところ。
攻撃隊と放火部隊の二手に分かれて攻撃したであろうと思われる。
     ≪赤牛崎≫
牛が海を渡るのを見て浅いと判断しここを渡海して上陸した地点。
弓流し 菊王丸の墓 安徳天皇社 江戸時代松平氏が顕彰した佐藤継信墓 ゆかりのあるいくつかの場所を見学し一日の学習を終えました。テレビドラマ「平清盛」と重なる処もあり、歴史ロマンを堪能できる一年であることと思います。
     ≪菊王丸の墓≫
     ≪安徳天皇社≫

前のページへ戻る
高松市地域コミュニティ協議会情報 コミねっと高松