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ホーム > 特集 > 特集No.66 戸田NPO協働センターの東日本大震災支援の記録 (第1回)

はじめに 
 
 この記録は、「市民の力を結集して東日本大震災復興支援を!」を合言葉にした「戸田NPO協働センター」の1年半に及ぶ活動の記録であり、2012年9月を以ってその活動を終了するためにまとめたものである。

 また、この記録は、市民災害支援の記録を「新しい公共をつくる『市民キャビネット』災害支援部会」一員の山中が、自身のブログからの内容を中心にまとめたものである。そして、同時に2012年9月11日を以って1年半に及ぶその活動を終了し、解散することをご報告する。


戸田市内での被災

 3月11日金曜日午後2時46分頃、東北地方をM8.8の巨大地震が襲った。埼玉でも震度5強の揺れで、岩手、福島から関東地方までの被害が出た。しばらくはテレビをはじめマスコミはこのニュース以外何も流していない状況だった。

 弊社では会議中に地震が起こり始め、だんだんと横揺れが大きくなると、社員は「社長逃げないとやばいですよ」と階下へ、その後1階の女性2人も外に逃げたそうだが、私は部屋でいつやむのかと周りを見ていた。しかし、揺れが長い上に本当に大きな揺れになったので、覚悟を決めて机の下にもぐると、すぐに後ろの棚が倒れ、本やらプリンターがいっせいに飛び出した。

 その後のいわゆる帰宅難民の埼玉県側の入り口としての戸田市の状況は、半年後の防災と福祉のネットワーク団体との市民シンポジウムでの議題として報告されたので割愛する。


戸田市民災害対策本部設置

 翌日には、急遽、「市民災害対策本部」を設置。市内のNPO、協同組合に協力を求め、支援物資の募集とともに駅頭などで募金活動を開始、日赤など義援金を集める活動を中心にスタートする。

 同時に、新しい公共をつくる「市民キャビネット」災害支援部会の要請に基づいて、戸田市環境クリーン室の旧ゴミ分別施設に置いてあったバイオマスエネルギー市民研究会のブラジル産バイオ燃料1,000リットルを、補給路の寸断と市民の買いだめの影響で被災地への緊急援助輸送が困難となった災害支援車両に提供することになり、その施設を臨時の「給油スポット」とする。
 
 しかし、物資を搬入して被災地へ行く車両より、現地での燃料不足の方がより深刻であるとの情報から、急遽、仙台へ燃料ごと輸送することになる。施設においてあるフォークリフトは使用できず、やむを得ず近隣のとび職の若者たちのボランティアの人力で搬出した。

 その後、そうした連携を「市民キャビネット災害支援部会」との情報やノウハウの共有が重要であるとして、震災1カ月後に行われた研修会に参加。救助犬協会や市民防災ヘリコプターなどのレポートを得るとともに、その組織のひとつとして活動することを確認する。

 また、戸田市民対策本部では独自に被災地にランドセルを贈るプロジェクトをスタートさせ、この3月に市内の小学校を卒業する子供たちを中心におよそ150個のランドセルを集めた。 しかし、その配布先を調査するため宮城県を中心に各教育委員会を調査したが、結果的には宮城県は被災児童に新品のランドセルを配布することになっていた。

 後日談だが、子供たちの善意を無にできないので、秋の代々木公園での「NPOまつり2011」で交流があった、インドのラダック地方のラダック人が主宰するNGOの紹介で首都ラハの小中学校に寄贈することになった。貧しい国でありながら、東日本に募金を送ってくれた感謝の気持ちとする手紙を添えて贈呈したところ、喜んでいる写真を送ってくれた。
(課題は高額な送料であったが、船代は市内の心ある企業※などの寄付によって援助された)

 ※「寄付は螢札襯侫優奪函↓蠑山企業、中島孝雄氏、エコライフDAYとだ実行委員 会、NPO法人 戸田市ITボランティアの会」      

(次回に続く)

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【文責:新しい公共をつくる市民キャビネット災害支援部会 山中 邦久】

 
情報掲載日:2013/12/27
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