戸田市ボランティア・市民活動支援センターホームページ

ホーム > 特集 > 特集No.59 『東日本大震災支援活動報告(2)』

東日本大震災から2ヶ月が過ぎた。5月11日現在で死者1万4,981人、行方不明9,853人。震災孤児(18歳未満)141人。岩手・宮城・福島3県の避難は2,400箇所、11万5千人以上の避難住民がいて、その他の県でも2万人が避難している。前回に続き、この国難とも言うべき震災に対して市民からの支援での現状と課題を、特に2回目は災害対策とその支援について報告させていただく。

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前回書いたように16年前の阪神大震災との大きな違いはボランティアの存在だ。特にその個々のボランティアがNPOとして組織化されていることが大きな力となっていることはまちがいがない。このNPOの活躍や分類などは3回目に述べるとして、ここでは現状をみてみよう。


◆ 戸田市での動き

震災翌日には戸田市でも市民有志やいくつかのNPOがボランティアの「戸田市民災害支援対策本部」を置き、後方支援のあり方が話し合われた。ちょうど法務局戸田出張所が4月に戸田市に譲渡されることになっていて、その施設の市民利用を考える会が発足するということもあって1週間後には、そうした施設や国税職員用の官舎など市内への被災者の受け入れが可能かなども検討された。支援物資やランドセルが集められ、被災地にも送られ、駅頭などでの義援金募集もスタートした。

3週間もすると様々な団体や議会などの募金活動が行われ、社協のスーパーアリーナへの被災者避難の支援や戸田市としての支援物資の一般市民からの受付も始まり、この間、友好姉妹都市でもある福島県白河市へ戸田市が支援物資などを届け、さらに市職員の派遣やボランティア参加の休暇を推進するなど行政としても本格的な支援が実施されている。

また、戸田市内でも6箇所ほどの被災者受け入れ施設が準備され、数世帯20人ほどの避難された方が経費老人ホーム白寿荘に入居したそうだ。1ヶ月過ぎた現段階では、NPO法人戸田市ITボランティアの会、まち研究工房、ワーク埼玉とだ、など3つのNPO法人、戸田市SOHOデジタル事業協同組合などが連携して「被災地復興支援・戸田NPO協働センター」を発足させ、継続的な被災地支援の取り組みや長い復興までの体制を考えようという動きになっている。

また、戸田市でのキャンドルナイトの自粛で在庫になっていた蝋燭2,000個が、キャンドルナイト実行委員会からの寄贈で、11日の陸前高田市での追悼イベントに活用された。戸田市では市民活動が活発であることから災害ボランティアとしていち早く被災地支援の活動ができたことは、被災地のみならず各地域からも高い評価を受けている。


◆ 災害ボランティア

こうした動きの多くはボランティア団体、NPOを中心に平素からITネットワークがあり、活発に活動しているところが、災害時に、その救援や支援という問題でスピーディに情報交換でき「協働」したと言えるだろう。あるいは各団体の中で災害に対し敏感に反応した人々を中心に連携が出来たところが多かったともいえるかもしれない。そして、これは全国的にも同じような動きが見られ、被災地ではそうしたNPOが連携して自然発生的にいくつかのボランティア支援センターや復興センターが作られ、被災して機能不全の行政に代わっての物資やボランティア受け入れを担ったところもある。

つまり、「災害ボランティア」と新たに命名された組織が従前からあった訳ではなく、既存のNPOやボランティア団体が災害に際して連携することで新たに生まれた組織が多いといえるのだ。言い換えれば、平素からの市民活動、ボランティア組織の充実がこうした緊急時に災害ボランティアとして有効に機能したといえるだろう。

例えば、戸田市のNPOでは廃食油からのバイオディーゼル燃料で走行していたワゴン車を宮城県石巻市のNPO法人に寄贈、被災地への支援活動を行ったが、その際、私も所属するNPO法人戸田市ITボランティアの会が、総会前日のメーリングリストで連絡すると、あっという間に給食施設が被災して出来ない学校にレトルト食品などの支援物資を便乗させて届けることが出来たが、これなども一石二鳥の「協働」の成果だろう。これは平時のネットワークを生かした災害ボランティアの機能としても緊急時に有効に活用された例である。ちなみに緊急支援として3月20日前後には、戸田市フラワーセンターのエコスに貯蔵されていた1千リットルのバイオ燃料が仙台に輸送され、被災地での軽油やガソリン不足対応で救援に役立てられたなども、全てIT活用での災害ボランティアの実例だろう。


◆ 新しい公共としての市民活動

今回のような未曾有の大震災は村や町ごと被災したところもあり、町長はじめ相当数の職員もお亡くなりになるなど行政そのものが機能できないところもあった。自助、共助、公助といわれる段階どころか、公的な組織が崩壊したところもある。そんな中では自分たち自らが立ち上がって自律的に支え合うことが求められる。そして、そうした自発的な内部ボランティアもどんどん組織化された。また、外部からのボランティアや救援を受け入れられる体制を現地の「受容力」というが、それらの自発的組織化の重要性が指摘できるだろう。そのためにも地域の「受容力」の具体的な問題点を検討しておくことは必要になる。

まず「受容力」に必要なのは、被災者のニーズ(必要性)を収集する力と特に外部ボランティアのシーズ(何が出来るか)や物資の数量を収集しての「マッチング」力である。そして、そのマッチングをスムーズに行える仕組みづくりといえるだろう。今回、被災地でのボランティアに対するそうした機能の多くは、各地域の社会福祉協議会が設置した「災害ボランティアセンター(VC)」やNPOを中心とする「災害支援・復興センター」である。これに市町村の行政が加わり、それぞれがどう役割分担や連携できたかで「協働型災害ボランティアセンター」として機能したかが問題になるだろう。今回の被災地では、阪神大震災の神戸という都会型に対して、農漁村を中心とする「結(ゆい)」「舫(もやい)」など血縁・地縁の共同体意識や隣人関係が絆として残っていたといわれる。

ここで、16年前からの成果であるボランティア、市民活動を中心としたNPOなどの活動を流行の言葉で「新しい公共」とするならば、行政を中心に、そうした共同体、あるいは社会福祉協議会(社協)、消防団、町会、教育委員会、民生委員会などの自治組織を「古い公共」と位置づけることが出来る。本来、戦後民主主義の成長過程で同義ともなるはずのものもあるが、都会を中心とした地域によってはコミュニティが崩壊し、「古い公共」の機能が低下したり、本来の役割を担えないところも多い。また、その古さゆえにITリテラシー不足、情報化の遅れからの混乱も指摘される。

それぞれに良い面と改善すべき面があった。今回の東日本の各県ではまだその古い公共が生きているところの事例が豊富であり、これからのコミュニティの再生の仕方によっては「新しい公共」との連携による強化も考えられるかも知れない。

血縁、地縁を基礎に流動化していない地域ではまだ生きている古い公共の特色を生かしながら、新住民を中心とする都会派でもある「新しい公共」を担うボランティアやNPOの得意分野を生かすことのコラボレーション、言い換えれば「田舎」と「都会」の交流の重要性が、これからの地域活性化にはポイントになるだろう。友好姉妹としての地域間協定の重要性もあげられる。

「新しい公共」を戸田市のような新住民の増加が著しい都会ではどう捉え、どう育成すべきか、それには新旧住民交流や古い公共の再生といったコミュニティ作りのヒントが溢れている。


◆ 今後の課題

5月の連休には多くのボランティアが被災地に向ったが、その中にはボランティアのシーズと被災者のニーズのマッチングが機能せず、戸田と同じように戦力化できず空しく帰宅した方もいたという。調査では災害時にボランティアで貢献したいという市民は7割を越すといわれているが、まだまだ活躍できる場や仕組みが出来ているとはいえないだろう。せっかくの「新しい公共」を担う都会のボランティアを有効活用できるようにするには何が重要なのだろうかをみんなで再考することは大切だと考える。

阪神大震災の年が「ボランティア元年」と言われるならば、今年は「IT(情報)ボランティア元年」「災害ボランティア元年」と呼ばれることになるかもしれない。今回の様々な事例をみんなで学習することで、今回の災害を教訓に、次に来る関東大震災に備えることは大切だろう。皆さんはいかがお考えか。このサイトが活用されて意見交換できることも期待したい。


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【文責: 山中邦久(日本ボランティア学会会員)】
 
情報掲載日:2011/05/19
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