戸田市ボランティア・市民活動支援センターホームページ

ホーム > 環境・みどり全般 > 環境みどり特集No.27≪〜彩湖ができるまで〜≫(H29.06..29)


〜彩湖ができるまで〜

 戸田市に住んでいても、新しく越してこられたりして「彩湖」と聞いても、あまりなじみのない方もいらっしゃるかもしれません。最近では、2020年「東京オンリピック」のボートコースの開催地候補として取り上げられたこともあり、新たに「彩湖」を認識された方もいらっしゃるかもしれません。

 ※写真は、国土交通省荒川上流河川事務所で平成3年に作成されたパンフレット、≪荒川第一調節池〜川とくらしの未来を見つめて〜≫から利用させていただきました。 

 戸田市のすぐ側を流れる荒川は、古くから江戸を洪水から守る宿命を負わされてきました。
 1910年(明治43年)8月の水害により、隅田川が氾濫し、荒川放水路の計画が検討されました。荒川は岩淵地点で隅田川と切り離して荒川放水路となり、その上流の埼玉県では幅2,000間(3,600メートル)の計画でした。この川幅が、彩湖を計画するのに格好の条件を満たしたのです。
 そのため、武蔵の国(現在の埼玉県)は、日本一の川幅(鴻巣市と吉見町の間で2,537m)を有し、大雨の水を貯め込む仕組みを作っていたのです。 

 彩湖は、さいたま市桜区から戸田市にかけて広がる、荒川第一調節池内にある貯水池です。荒川第一調節池は、荒川洪水時に備え、3900万立方メートルの貯水容量を持っています。1957年(昭和32年)ごろから戸田市は道満の公園構想を進めてきましたが、その構想は、国家事業=荒川第一調節池建設計画により、1997年(平成9年)に「彩湖・道満グリーンパーク」として完成しました。

 完成するまで、約40数年の歳月がかかり、80世帯以上の周辺住民の移動がありました。
 荒川調節池は、5か所の建設が計画されていますが、第一調節池を戸田市に設定したのは、下流に位置する東京を荒川下流域の水害から守るためと、また、南に大きく蛇行していたその地形にあります。
 その地形や広大な河川用地を生かし、笹目の下水処理場の建設も進められ、公園用地と彩湖の構想が実現し、川周辺の戸田市のごみ捨て場になっていたような場所も大きく変貌したのです。


 湖畔に「彩湖」と刻まれた大きな石碑がありますが、名称は一般募集により決まったそうです。

 彩湖は、住民の方々の大きな犠牲の上に築かれた自然の「地の利」を生かした宝です。


※写真=国土交通省 荒川上流河川事務所、パンフレット
≪荒川第一調節池〜川とくらしの未来を見つめて〜≫


 環境と景観が整備された彩湖の周りは、豊かな自然に恵まれ、四季折々の動植物を見ることができ、様々なアウトドアライフが楽しめます。まだ、行ったことがない方、久しく行っていない方、梅雨が明けたら出かけてみませんか。ヽ(^o^)丿

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【文責:NPO法人戸田の川を考える会】大石 昌男
問合せ:戸田市ボランティア・市民活動支援センター
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 掲載(編集・校正)TOMATOホームページ事務局(2017/06/29)

 
情報掲載日:2017/06/30
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