観光ボランティア鴻巣ガイド会

勝願寺で”小松姫を学ぶ”研修会を実施

開催日:令和3年6月6日(日)8時50分〜10時10分
団体名:こうのす国際交流市民の会 
人 数:参加者20名、ガイド4名

11月に「沼田城とリンゴ狩り」のバスハイクを計画しており、市民の会の会員が車中で鴻巣在住の外国人に『小松姫』の説明をすることになった。ついては、勝願寺で小松姫の研修会を開いてほしい…との依頼があった。コロナ禍でのガイドなので密にならないよう、二班に分けて実施した。 (熊谷)
←研修会を終え、惣門前で記念撮影

 修復中の「山門」、明治15年(1882)の大火で消失したものを、大正9年(1920)に再建。この時、火事のドサクサにまぐれて、仁王様が消息不明となり、同年11月に三峰神社から仁王様を譲りうけた。
 短足の仁王様で、以前は「足切り仁王」と呼ばれていたが、三峰神社では高い台の上に載っていたので、参拝者は下から仰ぎ見る格好になっていたので、足を短くしたとのこと。
 本堂の左に「鴻巣ゆかりの武将」として真田家(小松姫、信幸と小松姫の三男の信重夫妻)の墓と仙谷久秀(小諸藩主)の墓がある。
 真田家の家系図を示しながら、小松姫の説明をする八馬ガイド。皆さんが熱心に聞き入っていた。
参加者から寄せられた感想。
「勝願寺には小学生の時にスケッチに来たリ何度も来ているが、お寺の歴史や埋葬されている人物の説明を聞くのは初めてで、参考になり、おもしろかった。」
小池隼人助の墓:鴻巣宿の問屋や名主、年寄り、本陣役などを勤めた。元は岩付太田氏に仕えた武士で天文20年(1551)、北条氏康の命を請け鴻巣地内に砦を築き、原地を開拓した。徳川家康が鷹狩りと称して鴻巣に来た際は、案内役を務めた。
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