ふるさとの里山を守る会
                             

にししわ歴史の散歩道(その2)

志芳庄の構成
○朝廷は、地名志芳庄を「こころざかんばし」という高貴な地名を付ける。
○志芳庄は、奥屋荘、冠荘、別府荘、堀荘とし、条理地割、一条から八条をおく。
○拠点の奥屋荘に神宮三社、田屋八幡宮、岸明神、堂が原八幡宮、をまつる。
○方位を以て、東西南北市ほか、四市を設け街づくりを行う。
○朝廷館(長者屋敷)は、志芳庄の統括を行う。

堂が原八幡宮
館や、田屋八幡宮、岸明神が一望に見渡せる場所に建てられてる。
奥屋荘三社のうち唯一残ってる。
堂が原八幡宮木造阿吽の像
奈良平安とも言われている。
奥屋荘六条、八幡崎古地図
地図左側上部、青塗部、白部中、赤丸部分が堂が原八幡宮。
奥屋荘四条(中筋)南市古地図
画像下部は、現況奥屋パーキング、廃建寺薬師堂があり、岡野迫、大谷山、門根木山、春日山麓を含め100余の住居跡があったと思われる。
奥屋荘一条(上条)朝廷館跡(長者屋敷)赤塗部、古地図
一段、屋敷跡石垣、現況は四段で赤城跡となっているが、当初は、志芳庄統括の館であったが、平安時代ごろから、田所氏の13国衙領の一つとなり、繁栄をしていた。1467年応仁の乱以降、戦国時代に突入し、鳥籠山城城主阿曽沼氏に押領されることとなり、朝廷領の終焉となる。
奥屋荘一条古市(上条)
朝廷が最初に手掛けた町と思われる。場所は、山陽高速自動車道路志和トンネル上にあたるが、面積的には、1町6反とある。
古市、右、古地図画像詳細図
これを屋敷跡とみて数えてみるとなんと300余区画ある。これら住居敷地の造成や、墾田などの労役には、美濃などの例から、農民、官奴婢等2000人余、動員したかも知れない。
奥屋荘一条古市現況画像
1段ごとの区切りは、約20メートルごとに段差約2メートルで区切られている。
廃報恩寺跡
奥屋荘一条(上条)にあり、報恩寺屋敷である。画像右白色長方形は、当寺使っていた井戸がある。
廃報恩寺古地図
古市は、報恩寺を中心に開かれた町である。画像右側中心部赤塗部が報恩寺屋敷である。
西市住居跡現況画像
西市古地図
西市も50区画余の住居跡区切りがある。
北市古地図
古市から、国府街道湯坂峠に至る場所にあり、小野池の上にあたる。
ここにも100区画余の住居跡があったと思われる。
北市古地図上の現況画像
住居跡地域は、生活用水等考慮して、谷川のほとりにある。
奥屋荘一条から二条(側)東市古地図
地形が急峻で水が無いため住居には向かなかったか。
先市、中市、下市あたりの古地図
画像下部、赤表示が先市跡。下市と二宮神社の中間にバン丈ヤ(番匠ヤ)大工、石工など技術集団が置かれていた。
宮地古地図
中央上部が、多賀鷺の森厳島二宮大明神で、右に北壇坊、左に西壇坊を配置していた。中央ピンク部は、縦馬場、横馬場である。
別府荘圓漫寺古地図
この一帯を圓漫寺といい、画像右赤塗部が、圓漫寺跡である。右恵下には、安城寺があった。
別府荘柳原法蔵寺古地図
右中央の赤塗部が法蔵寺跡である。上部赤塗部が法元寺跡と思われる。
馬宿浄楽寺古地図
この一帯を浄楽寺といい、画像上部、赤塗部が浄楽寺跡と思われる。
馬宿馬神古地図
この一帯を馬神といい、右上部あたりが厩舎あったと思われる。屋根には、布引瓦が葺いてあった。右中央の池は今も現存している。
冠荘延末古地図
青が平方面は、共有地となっている。画像さらに上部が南泉寺屋敷。
冠荘馬屋敷古地図
この地は馬屋敷といい、牛馬の餌となる草が前原や、青が平で取れ、馬宿と同じように牛馬が飼われていた。画像右中央赤塗部は、法釈坊跡。
冠荘前原古地図
馬屋敷の前に位置しているので前原といい、画像下部は、墾田された四百田という地、米生産の重要地であった。。
冠荘宮本古地図
現在、山陽高速自動車道志和インター敷地となっている。画像左上部、字吉本と記してある右上が、出会いの清水。
冠荘鴉森八幡宮
弘安年間(1280)鎌倉時代頃、天野豊常が宇佐神宮に請願し建立したといわれているが、天平、奈良時代、志芳庄発祥の頃、各荘に建立された八幡宮の一社と思われる。
冠荘宮本古地図
上部、中央白色四角部が、鴉森八幡宮。
天野氏代々の墓石
慶長6年(1601)生城山城主天野元政12代で260余年で歴史の幕を閉じ、周防三丘に移封後、防府右田に移る。生城山城ほか支城は、廃城となる。
画像は、福島正則により、土中に埋められていた墓石等。
冠荘青が平古地図
天台宗開祖最澄が、比叡山延暦寺から天台宗の教えを日本全国に広めた。南泉寺創建は、唐から帰国後、大同年間(806)以後と思われる。画像右側白色部、天台宗南泉寺屋敷。明治26年に青が平から前原に移転した。
南泉寺薬師如来厨子
仏像が収められている観音開きの部屋。観音開き扉、左側は菊の御紋章、右側は五三の桐紋章が刻してある。菊の御紋章は、天皇、または、天台宗宗紋。五三の桐紋章は、室町幕府や、皇室、豊臣政権などが使用している。現在では、日本国政府の紋章として使用している。
薬師如来坐像
薬師如来は、天台宗の御本尊とされている。なお当寺は、鎌倉時代弘安の頃、天野豊常の菩提所であったという。

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