河内生涯学習支援センター
                               

こうち再発見「ぶらぶら河内」第1回目を開催しました

 5月15日(月)第1回目の「ぶらぶら河内」を五月晴れのもと開催しました。
 5月にしては、ちょっと暑い感じでしたが、36人で河内駅の周辺(中河内)を講師のお話を聞きつつ、ぶらぶら致しました。
 初めに河内支所前にて主催者あいさつや簡単なストレッチを行って、出発しました。
 最初は河内支所正面入り口近くにある河内町出身の「大原県知事の銅像」の説明を伺いました。
(説明を伺った場所を簡単にご紹介します)

 河内支所の駐車場にある階段をのぼったところにある「岩戸別神社」別名「王子の宮」です。
 今年は7月15日に夏祭りが行われる予定です。
 少し先へ進むと「ビュースポット」があります。
 蒸気機関車給水塔跡が見えます。
列車の給水のためヘレンケラーさんが来られました。
 このビュースポットから「広島空港大橋」も見えます。橋長800m。愛称を広島スカイアーチといい、日本一のアーチ橋です。
 少し狭い道をくだって行くとき、猫の足跡がくっきりありました。(写真ではよく見えなくてすみません。ぜひ、見に来てください。)
 石碑には「大河村」と書いてあります。江戸へ二百二里と書いてありました。
 道路そばにある道標。「左 安芸の国分寺  右 奈良の都」と書いてありました。
 「立栄寺」の参門。仁王さんが上から睨んでいます。
ちょっと珍しい感じがしました。
 「栄町通り」を通って、民家の敷地内にある「お稲荷さん」。
 ここを入って行くと・・・。
 立派な公会堂の石門がありました。
中河内の中心地だったそうです。
 「河内警察署跡」「公会堂跡」などの説明を伺いました。
 中河内にはこのような小路(路地)がたくさんあって、まるで迷路のようです。
 三叉路に出ました。商店や旅館などがたくさんあり、にぎやかに盆踊りが開催されていたそうです。
 
 河内町は木材流通の拠点として栄えた町で、商売繁盛の「胡子神社」は、今でも秋にはお祭りをされているそうです。
 3人の「○太郎」さんを発見!
何太郎さんかは来てみてください。(^O^)
 「河内駅」その横に「木材置き場跡」があり、昔の様子が描かれた絵や写真も見せて頂き、説明を伺いました。
 「合資組合」があった建物です。レトロ感満載です。
 「河内大橋」モダンですよね。
 「愛祥橋」よ〜く見ると端がバッサリ切られてました。\(◎o◎)/!車が通るようになり危ないので切られたようです。同じ理由で民家の軒が切られてました。
 奥に見えるのが「河内小橋」。
 愛祥橋を渡ると「旧発祥園」(現発祥グラウンド)があります。春にはお花見をされていたそうです。ここでは、戦前戦後競馬が行われ、胡講競馬には多くの人が集まって来られたそうです。
 そして、ここには、「河内高等女高校」があったとのことです。
 「河内新四国八十八石仏」のうちの2つの石仏ありました。
 この辺りで6月上旬頃「源氏ホタル」がたくさん見えます。 
 夜の8時くらいが一番よく見えるとのこと。
 「椋梨川」です。夏には「リバーサイドフェスティバル」が盛大に開催されます。前夜祭や、アユのつかみ取りなど、大人も子どもも楽しめるイベントです。
このそばに「河内市民グラウンド」があり、かつては魚の養殖場だったこともあったそうです。
「発祥公園」春は満開の桜できれいでした。今は新緑まばゆい公園です。ここで、しばしの休憩をとりました。
「共同井戸」です。
川のそばには水車もいくつかあったようです。
その関係か、「石臼」もところどころにおいてありました。
 「セメントできたごみ箱」です。昔は各家庭にあったようです。
 レトロな煙突は「水野酒場」跡です。翠玉という銘柄のお酒を造られていたようです。
(呑んでみたかったな〜としみじみ思いました)
 またまた、路地を通ってまいります。共同井戸跡を発見!
 河内駅の前の道路を河内支所の方に進むと、道路そばに酒屋さんと駐車場が並んであります。ここはその昔「河内劇場」だったそうです。
 「河内劇場」跡の近くの路地を入っていくと、元町の「お稲荷さん」と「河内新四国八十八石仏」の石仏がありました。
 最後の「ぶらぶら」ポイントです。民家の間にある「岩戸別神社」の鳥居です。なかなか立派な鳥居です。かつては参道にあった鳥居だそうです。
河内町のマンホール。鮎と町の花のつつじがデザインされています。
 6月は戸野と宇山を「ぶらぶら」します。
 
 

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