入船二丁目町会

発見 入船町会の沿革(昭和2年東京市調査報告書より)

東京市役所が昭和二年に実施した町会事業調査の資料を古書市で発見。そこには入船二丁目町会の前身である「入船町会」の沿革などが掲載されていました。

【表題】(左の画像)
  昭和二年十一月調査
  東京市町会事業概要
  東京市役所

同資料によると、明治四十三年に組織した「入交会」が母体となり大正十一年に町会として創立したとされています。入交会発足から数えて今年(令和元年)で109年になります。こんなに昔から町会活動が行われているとは思ってもいませんでしたので驚きました。

明治時代の活動は知る由もありませんが、同資料には僅かですが入船町会に関する記載があり昭和2年(92年前)を偲ぶことができます。

大正天皇大喪の礼の年であったため関連の活動が記載されています。

また衛生に関わる活動が多く実施され、屎尿汲取も共同で業者へ委託していたようです。

なお「葬儀切手廃止断行決議」ですが、実施事項のまとめ文章の中に「北丹震災義捐金募集のため葬儀の配り物廃止を断行したところもある」と記載があるためその一環ではないかと推察します。関東大震災のわずか4年後だったので他人事ではなかったのでしょう。

以下、同資料の抜粋を掲載します。

     入船二丁目町会 広報部

昭和2年当時の入船町ですが、町名変更などのため現在の入船とは区域が異なります。

当時の入船町は現在の入船一丁目の約1/3、入船二丁目の半分、入船三丁目の半分、新富の一部にに当たります。

逆に現在の入船二丁目は、当時の入船町二丁目・三丁目(新大橋通の西側を除く)及び新栄町二丁目・三丁目(居留地中央通りの東側を除く)になります。

(地図は中央区沿革図集京橋篇より引用)
【奥付】
なお、入手した資料は原本ではなくコピーを製本したものです。
【東京市内現在町会】(抜粋)
会名    会員数 所在地     代表者

入船町会 (四六〇)入船町三ノ二  土屋玉葉

新栄町々会 四一三 新栄町一ノ二二 山田善之助
【沿革】(抜粋)
◇入船町会(京橋区入船町三丁目)
 明治四十三年町内有志により入交会を組織し、大正十一年三月八日入交会幹事の決議に依り、同年四月十七日町会創立を決し、大正十三年四月および十五年四月と総会改選を行い、今日に至る。殊に入船町、新栄町、新湊町、明石町、南八丁堀二丁目、三丁目の連合町会ありて三十有余年間の歴史ある各町会年番にて会長を選出す、本年は入船町の年番にて土屋玉葉会長となり、副会長に他の四会長より一本文蔵、潮田嘉蔵、仲田喜作、田中保の四氏を挙げたり。
【実施事項例】(抜粋)
第三十三例 (入船町会)

一月 年賀礼の印刷物配布奉悼提灯を揚げしむ
二月 ご大葬の当日夜警
   入船町青年団組織
四月 朝見式の御勅語奉讃挙行副本配布
五月 葬儀切手廃止断行決議
同  衛生及び復興移転問題講演会開催す
六月 チブス注射二回施行
七月 駆蠅及蠅捕を懸賞にて施行
【町会会計】(抜粋)
会費は全会員より徴集す。徴集率は間口の広狭表と間道裏通の区別に依る。
屎尿汲取料は大人一人十銭小人五銭、四歳未満は無料
(京橋区入船町会)
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